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福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)187号 判決

理由

一  まず本訴請求について判断する。

控訴人(第一審被告、第一、二審反訴原告、以下控訴人と略称する)が訴外藤野太一に対する福岡地方裁判所昭和三五年(ヨ)第五四七号有体動産仮差押決定に基いて、昭和三五年一二月二四日福岡市住田町六〇八番地の店舗において、藤野太一の提出した現金一七二、三〇〇円に対し仮差押の執行をなしたことは、当事者間に争がない。ところで、成立に争のない乙第一、三号証、原審証人吉次善十郎、占部文蔵、藤野太一(後記排斥部分を除く)の各証言、原審控訴本人尋問の結果、原審被控訴人(被控訴人四名とも、第一審原告、第一、二審反訴被告、以下四名を通じ被控訴人と略称する。)田中茂、丹部忠男各本人尋問の結果(いずれも後記排斥部分を除く)、右各尋問の結果と藤野証言とによつて成立を認めうる甲第一号証、当事者弁論の全趣旨を合わせ考えると、つぎの事実を認めることができる。すなわち、

藤野太一は、右仮差押執行の場所である右店舗で、福美屋商店という商号で衣類品の小売販売業を営んでいたが、経営不振のため、昭和三五年九月三〇日当時被控訴人田中茂に対し負担していた債務金一三七、一〇〇円、同豊池一正に対する債務金一四八、八五五円、同石井匠に対する債務金二二六、二二〇円、同丹部忠男に対する債務金二〇八、六三五円の衣料品買掛代金債務の支払ができなかつたところから、同年一〇月二日被控訴人らと藤野太一との間において、藤野の債務支払方法に関し、藤野は右債務完済まで被控訴人らに対し福美屋商店の営業全部を譲渡し、以来被控訴人らにおいて合同衣料販売所という商号をもつて営業を継続し、その利益を債務返済に充て、かつ被控訴人らは藤野をしてその事実上の経営に従事させ、総売上金の一割に相当する金員を生活費として交付する(ただし一カ月二万円を限度として藤野に交付すること)等の契約をなし、被控訴人らは藤野から店舗商品等一切の引渡を受け、田中茂を合同衣料販売所の代表者、丹部忠男を会計担当者と定めて、右約旨に基いて営業を経営していた折柄、藤野は昭和三五年一二月二四日右営業店舗において本件仮差押の執行を受けることになつたのであるが、同店舗内にある被控訴人らの権利に属する商品に対して執行することを憂えるとともに、藤野が被控訴人ら以外の第三者(控訴人)に対して個人として債務を負担していることの発覚することをおそれ、執行吏(控訴人は同人に同行して同席していた)に対し、銀行から自分の預金を払戻してくるから現金を執行してほしいと嘘をいつてその場を外し、会計担当の被控訴人丹部忠男方に行つて情を知らない同人に対し、仮差押の執行を受けるため執行吏に提供することを秘し、被控訴人田中茂から店の仕入資金を貰つて来いといわれたと嘘をいつて同人をだまし、同人から金一一万円余の交付を受けだまし取つて自己の所有として引き返し、これに当時自己において占有していた店舗の売上金六万余円を加えた金一七二、三〇〇円を、自己の銀行預金を払戻した自身の金であるといつて執行吏に提出した(この時六万円余は横領したことになる)ので、執行吏は善意無過失平穏公然にこれを受取り占有し同金円に対し仮差押の執行をなしたことが認められ、前示藤野太一の証言、被控訴本人田中茂、丹部忠男尋問の結果中右認定に反する部分は、前挙示の証拠資料に照らして信用できないし、その外に反証はない。

そして金銭は価値を具現するものであつて、それ自体としては個性のないもので特段の事情のないかぎり金銭の所有権は現実の直接占有の取得とともに取得されるものと解すべきであるから、前認定のような事実関係の下においては、藤野太一が現金一七二、三〇〇円を自己のものと表示して執行吏に提出し、執行吏が即時これを受領占有して仮差押の執行をなすに及んでは、少くともその執行は藤野の所有に帰した現金に対してなされたものと解するのが相当である。したがつて、右金銭が被控訴人らの共有であると前提する被控訴人らの仮差押執行に対する第三者異議の訴は排斥を免れない。

二  つぎに控訴人の反訴請求中詐害行為取消の請求について判断する。

藤野太一と被控訴人ら四名とが昭和三五年一〇月二日当時藤野が経営していた福美屋商店の営業譲渡契約をなしたことの詳細は、先に一において認定したとおりであり、成立に争のない乙第五七号証によれば、控訴人は藤野太一に対し、昭和三二年七月一三日金一七二、三〇〇円を利息月七分、弁済期同年末の定めで貸付け、昭和三五年一〇月二日当時において、右元金及びこれに対する昭和三二年七月一八日以降年一割八分の割合による利息損害金の債権を有していたことが認められ、これに反する証拠はない。また、成立に争のない乙第二号証の一、第四号証、前示一において認定した事実を総合すると、藤野太一は自己の唯一の財産ともいうべき福美屋商店の営業を被控訴人らに譲渡担保として譲渡することにより、控訴人を害することを知つていたものというべきであるが、前に一で認定した事実、前記甲第一号証、前示藤野証言、田中茂尋問の結果を合わせ考えると被控訴人らにおいては、右譲渡担保契約をなすことによつて藤野の債権者を害すべきこと知らなかつたことが明らかであり、前示乙第二号証の一、第四号証は右認定の妨げとならず、その他に右認定を左右する証拠はないので、控訴人の詐害行為取消の請求は棄却を免れない。詳言すれば、控訴人が詐害行為取消の請求をなす所以は、これによつて前示営業を被控訴人らの権利から藤野太一に復帰させることによって仮差押の執行された金銭の所有権を藤野太一の所有に帰せしめようとするにあると思料されるところ、仮差押えられた金一七二、三〇〇円のうち金一一万余は丹部忠男から、出た金銭で残六万円余は合同衣料販売所の売上金であることは、先に認定したとおりであるが、これらの金銭が果して藤野が被控訴人らに譲渡した財産自体ないし財産の転化物であるか、あるいは被控訴人らにおいて出資した金銭ないし同金銭によつて購入された商品の売上金であるかは、証拠上明らかではないばかりでなく、すでに見たように前示現金は藤野太一の所有として仮差押えられたと同一の関係にある以上、独立の本訴としてはとも角反訴において、前示譲渡契約を詐害行為として取消しを求める利益はないといわなければならない。

三  控訴人は原審において反訴を提起し「被控訴人らは控訴人に対し連帯して金一七二、三〇〇円及びこれに対する昭和三六年一月二二日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え」との判決を求め、本訴反訴とも敗訴の判決を受け、原判決全部に対し控訴を提起しているので、当審における請求の趣旨は、事実らん冒頭記載のとおりであるけれども、右金員を求める反訴請求は当審においても主張しているものと解すべきであるから、この請求について判断する。先に一において認定したところから明らかなように、仮差押えられた金銭のうち金一一万円余は少くとも丹部忠男が藤野太一に交付するまで、金六万円余は藤野太一が執行吏に提出するまでは、被控訴人らの共有に属していたものと認むべきであるので、被控訴人らは右一七二、三〇〇円は仮差押を受けても依然被控訴人らの共有と信じていて、また信ずるのも無理からぬところであつて、このことは当事者弁論の全趣旨及び前示被控訴人両名尋問の結果並びに一の認定事実を総合して認むるにかたくない。したがつて、記録に徴し明らかなように、被控訴人らが昭和三六年一月一一日原裁判所に本件仮差押の執行に対する第三者異議の訴を提起するとともに、同日同裁判所に疏明として契約書(本件甲第一号証に当る)、弁明書、領収証等を提出して、仮差押執行の取消しを申し立て、保証として金一七二、三〇〇円を福岡法務局に供託した上、同月二一日本件仮差押執行の取消決定を得、この決定を執行したこと(この点当事者間に争がない)について、被控訴人らに故意過失があるという証拠はなく、むしろ故意過失がないと認むるのが相当である。よつて右仮差押執行の取消決定を得て同決定を執行したことを違法とする控訴人の反訴請求はその余の点に関する判断をなすまでもなく失当であるから排斥を免れない。

以上見たとおり、被控訴人らの本訴請求を認容した原判決は不当であるからこれを取消し、第一審における控訴人の反訴請求を棄却した原判決は相当。

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